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本当に「中立的」な固定HN紹介を考えるスレ

1 :ナナシマさん:01/11/11 22:11 ID:???
いろいろなHPに「固定HN紹介」があるがどれも偏っていると
思う。
此処で最も客観的な「固定HN紹介」の文を考えよう。

8 :備中守ー1:01/11/14 23:17 ID:???
備中守(99.4〜01.8)

アンチGになったきっかけは「ガルベス事件」と本人は語る。
HNの由来は昔のあだ名が「横田備中」(武田家家臣・横田備中守高松)
今でこそ会員制となっているが、当時は 自由に書き込みが出来たらしい「猛虎坪井会」の常連だった。
秋頃に その板がタグ荒らしによって潰されると、「しょうのHP」へとその活動拠点を移す。
2000年春以降、はアンチ巨人友の会が主な活動拠点。
友の会にいる当時のアンチメンバーでは虚塵大破滅、Xxxに次ぐ古参であった。
隣の野球板では知ったか厨房ぶりを発揮して叩かれたが
(もっとも、野球板のコテハンは殆ど叩かれるかネタにされるかのどちらかではあるが)
家ゲー板では萌え画像貼り付けのため神様扱いであった。
板によってここまで評価が違う人物もある意味特殊である。
アンチ板における彼のポジションは主に
「戦力分析」
「人物(選手やサイコ、掲示板住民)評価」
「掲示板の秩序を守る」
といったことが多く、虚塵×や十字軍のようなアンチG色はあまり濃くない。
その為、時々それとなく虚塵×の行き過ぎた発言に対して注意をほのめかした事もあった。

彼はアンチ巨人に関連する文化活動も活発である。
彼の得意ジャンル(?)を生かしたアンチGストーリーなどを
現在は閉鎖された「しょうのHP」や「アンチ巨人文化館」で披露していた。
アンチ巨人を題材にした15禁小説「slave」の作者であり、掲示板の書き込み状況をもとに作成した
選手データを使用した「ネットファミスタ」の企画者でもある。
ジル・ドレによってこの企画は実現され、それ以降ジル・ドレとは無二の盟友となる。
「slave」は本人曰く「野球談義部分に着目して欲しかった」との事だが、
実際は敵として登場するサイコGのセリフや、所々に登場するHシーンの方がはるかに注目度が高かった。

9 :備中守ー2:01/11/14 23:20 ID:???
2001年4月に起きた「第二次アルフレドの乱」では、ふぇいやしょうたと共に沈静化にあたり、
名を挙げた。しかし、デビュー直後から真・巨人党の板に書き込みしていた事が災いし
(臭吉批判目的ではなかったようだ)、2001年初頭頃から臭吉に狙われるようになる。
4月にセンイチ親分と正式和解。備中守はセンイチが唯一忠告に耳を傾けていた人間と言っても良く、
彼無くしてはセンイチの改心はなかったかも知れない。そんなセンイチと共に臭吉攻撃に参加するが、
その状況は、2000年末にタグ荒らし疑惑をかけられたヤマアラシ人の裏切り、中日十字軍の登場により一変する。
今までしょうのHPで交流を深め、タグ荒らしの疑惑からも庇ったヤマアラシが裏切るはずがないと思っていた。
過去にもしょうのHPのチャットでのささいな勘違いでしょうに対して敵意を抱いているヤマアラシに対して
説得した経験があることから成功する確信を持っていた。
しかし、この戦略は果たして時代を生きる者として正しい選択だったのだろうか。

7月にはヤマアラシに加えて、中日十字軍も参戦した。当時備中守を中心とした一派は「主流派」
と呼ばれ、正論を重視するタイプであった。彼らが徐々に目立ってきていたのを見ていた十字軍は、それが我慢できなかったのだ。
ジル・ド・レの援軍もあって、持久戦を目論む備中守の計算を十字軍は早々に打破した。盟友の楓から側面を突かせ、一気にしょうもろとも崩壊させたのである。
精神的支柱のしょうが8月末に引退したのを見た備中守は引退して果てた。時勢への読みの甘さが招いた結果だった。
彼の場合、前半期に比べ、後半期の凋落が目立つ。なりたくもないリーダーに祭り上げられた彼。
備中守の場合、誰かの上に立つよりも、誰かの下で土台となったり、手足として働く方が向いていたのではないか?

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