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土俵の鬼 第45代横綱 若乃花幹士

1 :待った名無しさん:03/08/31 19:35
リアルタイムで見た人は殆どいないと思いますが”土俵の鬼”若乃花について語りませう。

2 :待った名無しさん:03/08/31 19:42
青森県出身 昭和3年3月16日生 本名 花田勝治
初土俵 昭和21年秋場所
新入幕 昭和25年春場所
横 綱 昭和33年初場所
引 退 昭和37年夏場所


3 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 19:48
息子がちゃんこ鍋で死亡。
韓国人との間に息子が一人。
親方株の売却益を申告せず問題となる。

4 :待った名無しさん:03/08/31 19:51
私は、高校1年生の女子です。
若乃花のことは、祖父が元気だった頃、少しお話を聞いたくらいで、私はほとんど知りません。
ですから、語れるほどの知識もありません。
でも、このようなテーマが、良スレに育っていくと良いですね。

5 ::03/08/31 20:11
>>3
千代の富士のお子さんが亡くなった時、若乃花の悲劇について思い出した人も少なくないと思う。
人間性の豪放さについては、相撲界でも屈指の人物だったように思ってる。
お前はいい加減、花田一族まとめて嫌うのヤメロ。
>>4
私もリアルタイムでは全然知らないので、良ければお祖父さんから聞かせてもらった話などを
書き込んでいただけると嬉しいです。

6 :待った名無しさん:03/08/31 20:37
俺がそのうち立てようとしていた若乃花スレが立ったな。しかもなかなかイイスレタイだ

7 :待った名無しさん:03/08/31 20:42
最低の人物です

8 :待った名無しさん:03/08/31 20:43
>>2を訂正。
新横綱として番付に載ったのは昭和33年春場所だ。

9 :待った名無しさん:03/08/31 20:48
>>8
新横綱 33年初場所後とすればよかったな。
潮錦や房錦、鳴門海相手に見せた強烈な呼び戻しは
今も忘れ難い。
 現在は都内某所を毎朝トレーニングを兼ねてお散歩して
悠々自適の日々らしいです。

10 :待った名無しさん:03/08/31 20:51
プロフィール
http://www.fsinet.or.jp/~sumo/profile/1/19500101.htm
>>9
イイ生活してるねー。

11 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 20:53
作家の誰かが相撲取りなのに映画に出ててエライってガキの頃
作文に書いたっていってたなあ。

12 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 20:56
羽黒山にエライ恩を受けたにも関わらず立浪部屋を助けたという話を
聞かんのだが。

13 :待った名無しさん:03/08/31 20:58
あれ、名前を勝治から幹士に変えたのは
横綱昇進と同時じゃなかった?

14 :待った名無しさん:03/08/31 21:03
>>9
リアルタイムで見てたんすか!そいつは凄いや。

散歩コースは俺も近場なんで時々行ったりします。
本人を見たことはないですが。

15 :待った名無しさん:03/08/31 21:08
例えば、故勝新太郎と並んだとしても、押しの強さで負けないと思えるのは
この人ぐらいじゃないだろうか。
現在という時は有名人の小市民化が激し過ぎる。

16 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 21:08
若乃花が十両に昇進した時物不足の時代のため化粧回しは
あの春秋園事件の首謀者の一人大ノ里の甥、藤ノ里の回しを借りた。
一門違うのになんで藤ノ里のを借りたのだろうか?
藤ノ里は小島貞二氏の自伝だと非常に性格のよろしくない人のように
書かれているけどこのエピソードだといい人にみえちゃうね。

17 :待った名無しさん:03/08/31 21:10
この人のしごきは言語を絶すると聞いたんだが、詳しい人いる?

18 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 21:14
弟に対する可愛がりが余りにひどいんで最初いじめてた兄弟子達が
ひいてたとかいうのは聞いたことあるなあ。

19 :待った名無しさん:03/08/31 21:18
若乃花も力道山には散々可愛がられたらしいね。

20 :待った名無しさん:03/08/31 21:20
貴ノ花に対する可愛がり一例
1:朝寝坊で稽古に遅れた弟を竹刀でめった打ち
2:朝帰りした弟を竹刀でめった打ち後雪の外に放り出す
3:十両昇進後いい気になってる弟を竹刀でめった打ち後、部屋の私物を外から放り投げる
4:女(憲子)発覚後、竹刀でめった打ち、稽古禁止。
5:幕内昇進後いい気になってる弟を臼でぶん殴り竹刀でめった打ち。
竹刀好きのおじさんだったそうです。

21 :待った名無しさん:03/08/31 21:22
>>19
栃錦か若乃花か忘れたが力道山に可愛がられてもう立てないだろうと
力道山が引き上げようとしたその時、意識が朦朧としてカカトに噛み付いたらしいね

22 :待った名無しさん:03/08/31 21:24
>>20
勝治って竹刀フェチだったんですか?
ほかに、下山さんや高谷さん、日高さんにたいする可愛がりの
一例をご教示きぼん。

23 :太刀山型の土俵入り:03/08/31 21:24
>>21
玉錦じゃあるまいし栃錦はそんなことせんじゃろ。

24 :待った名無しさん:03/08/31 21:26
>>20
4は嘘だろ。何で女がいけないんだ。しかも稽古禁止だなんて
5は「土俵に生きて」で本人が語ってたね。けど「臼」って何?
それと3は「私物を外に」だろ

25 :待った名無しさん:03/08/31 21:27
>>21
それは若乃花だよ。

26 :待った名無しさん:03/08/31 21:29
噛み付いたのは渾名が「おおかみ」の時代かな?
若乃花こそ元祖ウルフ。

27 :待った名無しさん:03/08/31 21:32
>>26
その傷は後々力道山と飲みに行った時も「お前が咬んだ傷だ」とか言って見せられていたらしい

28 :待った名無しさん:03/08/31 21:35
>>22
若貴ブームが絶頂の頃に出た本に、花田家の歴史みたいなのが書いててね
その一例、なんでもきえさんだっけ?一族の母が相当厳しい人だったそうで
当時小学生だった貴ノ花が同級生を苛めてると聞いて、ぶち切れたきえさんは
ナタの裏側を使って背中と尻を殴ったそうな、血が出ても恐怖で怯え逃げまくる貴ノ花を
追い掛け回して誤ってテレビまでぶっ壊したらしい。角界に入る弟を甘やかすなと
兄弟の情を見せるなときえさん本人が勝治に念を押したそうです。
よって下山君、高谷君等に対するエピソードは知りませぬ

>>24
土俵には金と女が埋まってるというのは勝治の言葉ですが、身内の女がらみに
ついては厳しかったそうです。臼ってのは火鉢のことだよ、親方の座敷近くに
よく置いてるでしょ。
的確な指摘ありがたいけどいちいちうるさいね君、可愛がるよ。

29 :待った名無しさん:03/08/31 21:38
かりに326が花籠部屋に入門していたらどうなっただろう?

30 :待った名無しさん:03/08/31 21:42
言動に軽薄な面があったのは否めない。今なら朝青龍ばりに叩かれてたかも。
まあ当時でさえ「アプレゲール」とか「馬鹿の花」なんて言われたりしてたらしいけど。
個人的には双葉山みたいなストイックなのより若乃花みたいな系統の力士の方が好きだけどね。

31 :待った名無しさん:03/08/31 21:49
>>28
間違いを指摘されたからって怒るなよ。
「身内と他人の区別はつけるべきではない」と言ってもいるが
それはあくまでも身内を優しくすることであって身内を他人より厳しくするっていうのはイイのかな

32 :待った名無しさん:03/08/31 21:50
つうか何で女が八角したらいけないの。そんなんじゃあ結婚もできない

33 :待った名無しさん:03/08/31 21:56
>>31
怒ってないよ、冗談ですので受け流してください。
角界に入る者は殆どが幼い頃に両親から離れるので、身内の情を見せては
他の者に示しつかないし、親元思い出して寂しがるだろうからという配慮だったと思いまする。

34 :待った名無しさん:03/09/01 01:39
相撲の稽古だけで鍛え上げたと思われる鋼のような筋肉質の体つき。非常にナチュラルな印象だ。
若乃花の体を見ると後年の千代の富士や霧島は筋肉を無駄に付け過ぎなんじゃないかと思えるくらい。

35 : :03/09/01 20:39
>>34
千代の富士の場合は怪我との闘いの為だと思われ

36 :待った名無しさん:03/09/02 20:54
>>34
 そりゃ、若乃花の現役時代はウェイトトレーニングのマシンなんかなかったもんね。
 鉄アレイも珍しかった位だよ。
 >>33
 その通りだね。角界に入る新弟子は、貴乃花(初代)が入門した頃は中学卒業前に
入門する力士もいたから、まだ母親が恋しい新弟子も多かったと思うよ。
 大錦(現山科親方)も、中学卒業前に新潟から入門したけど、最初のころはホームシック
でよく泣いていたって雑誌に書いてあったあ。

37 : :03/09/02 21:18
>>1
魔s(以下略

38 :待った名無しさん:03/09/02 21:28
>>37
どういう意味?

39 :待った名無しさん:03/09/03 21:03
今七五歳か。何歳まで生きるかな。

40 :待った名無しさん:03/09/04 00:01
鏡里は今年80歳になるな。
どっちが長生きするだろうか。

41 :待った名無しさん:03/09/06 20:14
 下山君には、年寄株の手配を妨害したのが一番の仕打ちだと思うが。
 見かねた、荒勢が、自分の株間垣を売却してくれて、何とかなったけど。
 下山君とは犬猿の仲だけど、高谷君や日高君の話も欲しいな。
 日高君は軽量で苦労したから、
 親方に「この炊飯器(1升)のご飯を全部食べるまで席を立つなと言われた
ことはあると思われ」

42 :待った名無しさん:03/09/08 20:08
勝治は満を花篭の娘(輪島の嫁になった人)と結婚させようとしてた。
実現してたら相撲界の歴史は大きく変ってたな。

43 :待った名無しさん:03/09/18 02:11


44 :虎ドラ91 ◆TORA.9GAEI :03/09/18 07:50
>>20
なんでもメッタ打ちなところに好感が。現代はそんな気骨あるスパルタ親方はおらんぽい。

45 :待った名無しさん:03/09/18 08:57
>24
相手が年上で、しかも女優(りえママいわく、ポルノ女優)だったからさ。
初代貴乃花はまだ19か20だったんだよ。番付も低迷してる時期だったし。
谷町の娘ならともかく、ってとこ。
女優上がりには「かゆも炊けないだろう」という偏見と反対があったってさ。
貴乃花自身、飯の炊き方から、一から教えたと語ってたな。アサヒグラフで。

力道山にかみついて、部屋を逃げ出して(前途を悲観して)川に飛び込んだり、
直情傾向のひとだったんだねえ。



46 :待った名無しさん:03/09/19 19:44
>>45
 でも、憲子の腹の中に、魔猿がいたから、先代二子山も渋々、認めたんだよ。
 魔猿がいなければ、先々代花篭の娘か、タニマチの娘と結婚したんだろうね。
 魔猿って、30歳過ぎて、母親と一緒に露天風呂に入るアホだよ。
 TVの旅行番組で、その場面が流れていた。
 二子山親方も、タニマチの娘と結婚した方が幸せだったと思う。

47 :待った名無しさん:03/09/19 19:48
でも俺は魔猿の相撲は好きだったよ・・・

48 :待った名無しさん:03/09/19 20:08
>>47
 でも、今の魔猿はDQN過ぎる。角界の恥だよ。

49 :待った名無しさん:03/09/19 21:08
正直、まさかあそこまでヒドかったとはなー>魔猿
現役を引退したらいい親方になると思ったんだが・・・

50 :待った名無しさん:03/09/19 21:11
魔猿スレでやりなされ

51 :待った名無しさん:03/09/19 21:46
 先代二子山の時代には、ちゃんこがすき焼きの時は関取・取的の別なく肉は
食べ放題だったとか。
 そして、すき焼きの残り汁で、カレーを作るのだが、これが大変美味とのこと。
 元二子山部屋力士、高谷俊明君からの情報です。
 先代二子山部屋時代の食にまつわるトリビア。
・ アンコウは身は取的。あん肝は関取が食べる。
・ 若獅子は、二子山部屋で一番のエビスコである。
・ 若島津は食が細い。

52 :待った名無しさん:03/09/19 21:49
正直、スマンカッタ。
でも勝治氏と魔猿のルックスがあまりにも似てるからつい・・・名前も似てるし。

53 :待った名無しさん:03/09/19 22:37
>>51
面白い!
でもあんきもばっか喰ってると体に悪いなw

54 :待った名無しさん:03/09/20 14:10
>>51
高谷君は後に横綱隆の里となった人です。
 しかし、取的まで肉食べ放題とは、二子山部屋は太っ腹だね。
 力士で一番食欲があるのは10代の取的。関取衆は体が出来上がって
いる人が多いので、意外と食べない。
 一人、肉2キロくらいは食べると思われ。
 当時は牛肉輸入自由化の前だから、まだ牛肉は高級品。
 高谷君が入ったころの、高島部屋のチャンコは豚や鳥のモツばかり
だったそうな。大関、大受(現在の朝日山親方)をかかえていたのにね。

55 :待った名無しさん:03/09/21 22:22
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56 :待った名無しさん:03/09/21 23:31
>力道山にかみついて、部屋を逃げ出して(前途を悲観して)川に飛び込んだり、
>直情傾向のひとだったんだねえ。
単純に、噛み付いた(文字通りの意味)
直後に受ける報復が怖くて逃げただけの話です。
力道の後輩なら、誰でも怖くて逃げたでしょう。
それくらい力道山は恐ろしい存在だったのです。

57 :待った名無しさん:03/10/01 20:33


58 :待った名無しさん:03/10/01 20:54
昭和21年 秋 初土俵  
昭和22年 夏 序口 1  2勝 3敗
昭和22年 秋 序二20 5勝1敗 優
昭和23年 夏 三段10 6勝 0敗 優
昭和23年 秋 幕下14 4勝 2敗
昭和24年 夏 十両 8 9勝 6敗        
昭和24年 秋 十両 4 11勝 4敗
昭和25年 春 前頭18 11勝 4敗

終戦直後で力士人員が足りなかったとは言え、かなりのスピード出世。
花田家の血とでも言うべきか。

59 :待った名無しさん:03/10/25 16:37
名古屋場所で朝青龍に脅迫の電話がかかって来たことは記憶に新しいけど
現役当時の若乃花にも場所中に嫌がらせの電報が届いたりしてたらしい。

以下、文面。
「母危篤、なるべく早く帰れ、土俵上の態度が傲慢すぎるから少し慎め」

若乃花、千代の富士、朝青龍は似た資質の持ち主じゃないか?

60 :待った名無しさん:03/10/25 19:24
>>59
「ハハキトク」なら実際あったらしいよ。間違いだったみたいだけど。それを知っている香具師が犯人かな。

61 :待った名無しさん:03/10/25 19:31
>>58
序二段以降それだけ勝ってるのに、なんで序の口で2勝3敗だったのだろう?

62 :待った名無しさん:03/10/25 19:36
>>61
その頃はまだ稽古の貯金がなかったんでしょう。その後は期間もあったし猛稽古で強くなった。

63 :待った名無しさん:03/11/12 08:03
強引な仏壇返しage!!

64 :待った名無しさん:03/12/24 00:50
age

65 :待った名無しさん:03/12/24 10:22
彼の呼び戻しとおいの貴乃花の呼び戻し気味の投げとは、
差し手との関係が逆のようだね。
スピードも、彼の呼び戻しは投げの前の逆方向のゆさぶりが
あまり見えない(ぐらい速い)気がする。

66 :待った名無しさん:03/12/24 21:48
真偽の定かでない伝説なら、いろいろあるよね。
力道山に追い掛けられて追い詰められたので、逆にかかっていったら、
そこには力道山はいなかった(変化した)とかいう伝説がなかった?

67 :待った名無しさん:03/12/25 17:06
あの若乃花でも下積みのころは修行の辛さに耐えかねて脱走しようとしたことがあったらしい
力道山が朝帰りすると、逃げようとしてる取的二人を発見、捕まえてみたら若乃花の琴ヶ浜だった。
力道山は二人を殴り倒して部屋へ引きづり戻したとか。

68 :待った名無しさん:03/12/26 01:09
あるとき、親方になっていた彼と学生相撲界の大物指導者が飲みながら、
上手投げと下手投げについて意見が合わず、論争していたそうだ。詳しい
内容は知らないが。

69 :待った名無しさん:03/12/30 15:00
鬼というのはマスコミが勝手に付けたわけだが、ご本人は、鬼などと
呼ばれて、うれしくはないでしょう。「稽古が好きということなん
じゃないの?」と言っておられた。出稽古には行かずに、下の者を
つかまえて長時間の稽古をしていたらしいが、これは合理的な稽古に
なっていたのでしょうね。もっとも、アルコールに弱い弟の貴ノ花にも
酒を勧めるなどは合理的ではなかったようだ。

70 :待った名無しさん:03/12/30 15:06
>>67
部屋の打ち上げから抜けだして琴ヶ浜と飲みに行こうとしたのを、
力道山は、二人が逃げると勘違いして、ボコボコにしてつれて帰った。


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